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日本の温泉を世界に一九七〇年代には、北海道大学、東北大学、群馬大学、岡山大学、九州大学、鹿児島大学の国立大学六か所に、「温泉医学を研究する施設と病院」があった。
その後、機構の改廃が行われ、現在では大学レベルで温泉気候医学を専門に研究する施設は、まったくなくなってしまった。
当時の文部省の大学組織のスリム化路線の一環に沿った動きと、先進医療や遺伝子関連分野などの研究を最優先とする流れの結果とはいえ、温泉医学や自然環境医学の研究が姿を消したことは大きな損失だった。
自然を理解し、保護しながら健康づくりに役立たせようという社会の志向に応じて、新しい研究体制を整える必要がある。
そのためには、温泉を中心にして、自然療法に関連する環境医学や統合医療を総合的に研究する公的研究施設をつくることが急務ではないだろうか。
日本の温泉や気候環境は、世界に類のない優れた特色をもつ。
しかし国際性という面から見ると、温泉関連産業と学術研究のいずれもが閉鎖的で、いわば「温泉鎖国」の状態にある。
日本の温泉に関心を寄せて海外からやって来る研究者や旅行者にとって、温泉地の情報はあまりにも少ない。
外国語での案内図、標識、通訳などが整っているところもほとんどない。
国が進めている「ビジツト∴ンヤパン・キャンペーン」(外国からの観光客を年間一〇〇〇万人とする運動)でも、温泉の魅力をもっとアピールしたいものである。
温泉はすべての人に、健康づくりと癒しの場を提供する可能性を無限にもっている。
しかし、現在の温泉地の利用は、経済効果を狙った一泊宴会型かレジャー観光型がまだまだ主流といえよう。
温泉の保健作用に着目した、新しい健康保養地の実現を強く望みたい。
「温泉療法とは、温泉水だけを使う治療法ではないのか?」「休養のために温泉に来たのに、なぜ運動を勧めるのか?」「外国にも温泉があるのか?どんな風に利用しているのか?」「温泉の話になぜ森や海の話が出てくるのか?」「温泉医学や温泉療法は過去のもので、進んだ現代的医療には不要ではないのか?」これらは、講演会などで筆者がよく受ける質問である。
本書ではこれらの質問に、日本とヨーロッパの温泉気候医学の立場からお答えしたつもりである。
温泉の利用法として日本ではなじみの薄いものも紹介したが、多少とも理解していただけたのではないかと思う。
多くの日本人がもつ温泉のイメージは、揚が溢れ出る湯船に手足を思いっきり伸ばして首まで湯につかることだろう。
温泉宿の側も、源泉の良さを強調したり、静かな雰囲気を提供することを最上のもてなしとする。
世界に誇れる温泉文化の一面である。
ヨーロッパの人たちなら、温泉地にじっくりと滞在し、プールでの水中運動をはじめ、吸入あり、飲泉あり、泥浴あり、さらには食事や会話を楽しんだり、公園の遊歩道で散歩をしたりと、多彩な情景を思い浮かべるだろう。
これはもちろん、気候や地形の違い、歴史と文化の違いの表れなのであろうが、「ところ変われば品変わる」どころの違いでは日本人の温泉利用は、料理でいうと新鮮な生の素材にこだわる刺身料理にたとえられようか。
一方、ヨーロッパの温泉療法は、素材の原型がまったくわからなくなっても、味覚ばかりでなく五感すべてを楽しませてくれるフルコースのフランス料理のようだ。
大浴槽で裸の付き合いをしたり、静かな露天風呂でくつろいだりすることは、温泉の楽しみ方の基本ではある。
しかし、積極的な健康づくりという視点からみると、日本人は大変もったいない使い方をしているといえる。
現代社会では、積極的な健康づくりを行い、生活習慣病を予防したり、ストレスのケアをしたりすることが大切だ。
これには、休養、運動、栄養の三要素を同時にしかもバランスよく実行できる、健康保養地での温泉療法が最も適していると筆者は考えている。
もちろん、個々の温泉がすべての要素を揃える必要はなく、静かな環境での温泉浴にこだわるのもよし、プールでの水中運動プログラムを前面に出すのもよし、周囲の森、山や海の環境を活用した多様な場を提供するもよしである。
要するに、その地の自然環境と泉質を生かして、金太郎飴的でない個性を出すことが重要だ。
ヨーロッパの温泉塑健康保養地では、現代医療を中核として、泉質の特徴を最大限に活用した治療を提供するほかに、アロマセラピー、鍼灸、気功、アーユルベーダ、漢方など、種々の代替・相補療法を採用した統合医療を実践しているところが多い。
日本でも参考になるであろう。
ところで、インターネットなどで海外の研究論文を集めようとしてもほとんど見つからないという話をよく聞く。
アメリカに温泉医学という専門領域がないため、英語の情報がほとんど流通していないのであろう。
一方、ドイツ、フランス、イタリア、ハンガリー、ポーランドなどのヨーロッパ諸国は専門誌(あるいはリハビリテーション学会誌)を出しており、国際温泉気候医学会(ISMH)を通じて入手することもできる。
日本の温泉地は、優れた景観をもつばかりでなく、気候や地形が癒しや健康づくりにも適しているところが多い。
地域住民の健康生活を支えるばかりでなく、国内外の訪問客にとって長期滞在型の健康保養地となりうる可能性は高く、そのための施設の整備とプログラムの開発を強く望みたい。
本書が日本の温泉気候療法の今後のために少しでも参考になり、よりよい温泉地城の活性化に役立つならば、この上ない喜びである。
季節による気分の変動、それも病気とよばれるほどの感情の変化についての記述は、今に始まったことではない。
季節性感情障害SeasonalAffectiveDisorder(略称SAD)と呼ばれるこの病気は、季節や環境の変化によっておきる病態のひとつとして古くから注目され、すでにヒポクラテスが「夏に調子が良いか、逆に病気になる者がある一方、冬に調子が良いか、病気になる者がある」と述べ、季節変動と病気の発症の関係を一般的な型で記述している。
精神科医の先達たちも、この現象を見逃すわけはない。
フランス革命の頃パリのサルペトリエール病院で活躍し、それまで鎖につながれていた精神病者たちを一般の病気と同じように病に苦しむ人々として扱うことを主張したことで有名なフィリップやその弟子のエスキロールも、夏と冬では正反対の感情状態を示す、今でいう季節性うつ病の多くの患者について、詳細な記述を残している。
木枯しが吹く厚い雲に覆われた初冬の日には気分が沈み、陽光の降り注ぐ新緑の五月晴れの日には軽やかなすがすがしい気分になることは誰もが経験する。
しかし、ここでいう季節性感情障害(SAD)は、その程度のなまやさしいものを言うのではない。
冬になると、とくに理由もなく気がめいり、会社や学校を休んでしまったり、睡眠時間が長くなって日中も眠くて横になることが多く、さらには麺類やパンのような炭水化物がやたらにほしくなって食べ、そのため体重が数キロもふえてしまう……などなど、日常の営みに重大な支障を生じてしまうほどの気分障害をさしているのだ。
一九七〇年代から一九八〇年代にかけ、米国の首都ワシントンの郊外にある国立精神保健研究所(NIMH)の精神科医たちの中に、うつ病と生体リズムの関係を探求しているグループがあった。
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